その営業教育、無駄な努力をさせているだけ。─ 戦略を“実行”に変える、たった一つの戦術

はじめに:なぜ、あなたの部下は「言われたこと」ができないのか?

「最近の若手は、一度言っただけでは理解しない」 「何度教えても、同じミスを繰り返す」

こんにちは。営業組織の戦略設計と人材育成を担う筒井です。 企業のマネージャーや教育担当者の方から、このような嘆きを毎日のように聞きます。素晴らしい経営戦略、完璧な営業マニュアル、熱意のこもった指導。それにも関わらず、なぜか部下は期待通りに動いてくれない。その原因を、あなたは部下の「理解力」や「やる気」のせいにしていませんか?

もし、そうだとしたら、それは大きな間違いです。 部下が動かない、成長しない。その根本原因の9割は、部下側ではなく、あなたの「指示の出し方」という、極めて戦術的な問題にあります。

セールスイネーブルメントの文脈で、「戦略」と「戦術」の重要性が語られて久しいですが、その多くは抽象論に終始しています。「戦略がなければ戦術は無意味」「戦術がなければ戦略は絵に描いた餅」。これは、誰もが知る“正論”です。しかし、問題はその先です。では、具体的に「どの戦術」が、戦略を実行可能なレベルまで落とし込む上で、最も重要なのか。

この記事は、巷に溢れる抽象的なマネジメント論や、精神論に終止符を打つためのものです。私が年間100回以上登壇する管理者研修の一次情報を基に、どんなに優れた戦略も、この“たった一つの戦術”がなければ絵に描いた餅で終わるという事実と、その具体的な解決策を、余すところなくお伝えします。

この記事を読み終える頃には、あなたがこれまで「部下の問題」だと信じていたことが、実は「自分の課題」であったことに気づき、明日から部下の目の色が変わる、具体的な武器を手にしているはずです。


第1章:全ての悲劇の始まり ─ あなたは部下に「最短距離」を示せているか?

営業教育の目的とは何でしょうか。それは究極的には「部下が、会社の利益を最大化するための行動を、自律的に取り続けられる人材に育てる」ことです。

そして、そのためにマネージャーが果たすべき最も重要な役割は、部下に「無駄な努力」をさせないこと。これに尽きます。

成果(結果)= 努力の方向 × 努力の量

私が研修で必ず教える、成果が生まれるための絶対的な方程式です。 多くのマネージャーは、部下の「努力の量(Volume)」、つまり行動量や労働時間ばかりに目を向けがちです。しかし、どれだけ膨大な量の努力をしても、その**「努力の方向(Direction)」**が間違っていれば、成果に繋がることはありません。

部下の現在地をA、あるべき理想の姿(トップセールス)をBとした時、マネージャーの唯一にして最大の仕事は、AからBへと向かう「最短距離」の道筋を示し続ける、人間GPSになることなのです。

しかし、9割のマネージャーは、この「最短距離」を示せていません。その結果、部下は自分なりの解釈で、遠回りをしたり、時には全く逆の方向に全力疾走したりしてしまう。これこそが、あなたの組織で「無駄な努力」が量産され続ける、根本的な原因なのです。


第2章:部下の成長段階を見極める ─「コーチング」と「ティーチング」という分かれ道

では、どうすれば「最短距離」を示せるのか。そのアプローチは、部下の成長段階によって明確に使い分ける必要があります。これは、部下育成における最初の、そして最も重要な「戦術的判断」です。

手法①:気づきを与える(コーチング)─ 中堅・経験者向け

ある程度、商談経験を積み、自分の中に成功と失敗のデータが蓄積されている部下に対しては、「問いかける」ことで自ら答えを見つけさせるコーチングが有効です。

「この商談、なぜ成約できたと思う?」 「お客様のあの反応を見て、どこを改善すべきだった?」

彼らは、自分の経験という引き出しの中に答えのヒントを持っているため、問いかけによって思考を整理し、自ら「気づき」を得て成長していくことができます。マネージャーは、あくまで伴走者として、彼らの思考をサポートする役割に徹します。

手法②:指示を与える(ティーチング)─ 新人・未経験者向け

しかし、この記事で最も重要視するのは、こちらのティーチングです。 商談経験がほとんどない新人に対して、「どうすればいいと思う?」と問いかけるのは、地図を持たない旅人に「目的地までどう行く?」と聞いているのと同じです。彼らの頭の中には、答えを導き出すための経験(地図)が存在しないのですから。

このような新人・未経験者に対してマネージャーがやるべきことは、迷わせないこと。つまり、具体的な課題を、直接的な指示として与え、確実に実行させることです。これこそが、彼らを最短距離で成長させる、唯一の方法なのです。

多くのマネージャーは、「自分で考えさせないと成長しない」という“コーチング至上主義”にかかっています。しかし、それは大きな間違いです。まず、ティーチングによって正しい「型」を徹底的に体に叩き込ませる。その「型」という土台があって初めて、部下は自分で考える(=コーチングを受け入れる)ことができるようになるのです。


第3章:営業教育の戦術的本丸 ─「言語化 × 数値化」という最強の指示術

しかし、この「指示を与える(ティーチング)」で、ほとんどのマネージャーが致命的な過ちを犯しています。それは、あまりにも「抽象的」な指示を繰り返してしまうことです。

あなたの指示が、部下を迷わせる
  • 言語化だけ、数値化なし(最も多い失敗)
    • 「次のロープレ、しっかり準備しておいて」
    • 「この案件、丁寧に追客フォローしておいて」
    • 「もっと工夫して商談に臨もう」
  • 数値化だけ、言語化なし
    • 「毎日10件アポを取れ」
    • 「毎日50件かけよう」

これらの指示の何が問題か、お分かりでしょうか。それは、「何を、どうすれば達成できるのか」が全く分からないのです。

「しっかり」とは、何を指すのか。「丁寧」とは、どういう状態か。「工夫」とは、何をすることなのか。この解釈のズレが、部下の努力を最短距離から逸脱させる最大の原因です。

部下を“動かす”指示の絶対法則

部下を最短距離で成長させるための指示には、絶対的な法則があります。それは、「言語化(何を、どのように)」と「数値化(いつまでに、どのレベルで)」を、必ずワンセットで伝えることです。

  • 【NG指示】:「気合で取ろう!」
  • 【OK指示】:「お客様に5回断られるまでは、やれない理由を解消した上でクロージングをかけ続けてきてください。それが、私が言う『気合』です」
  • 【NG指示】:「最短で再訪組んで!」
  • 【OK指示】:「今日の17時までに、このトークで3回アプローチしてください。もしそれで組めなければ、明日の午前中に再度連絡。それでもダメなら、一旦お客様の希望日程を聞きましょう」

このように、具体的で、誰が聞いても解釈がブレようのない指示を出すこと。これこそが、マネージャーが実践すべき、最も重要かつ基本的な「戦術」なのです。


第4章:最強の指示を構成する「5つの必須要素」

では、あなたの指示を「言語化 × 数値化」された最強の武器に変えるために、具体的に何を伝えればいいのか。私が研修で教えている、指示に必ず含めるべき5つの要素をご紹介します。

① なぜやるのか?(目的の明確化)

人は、目的が分からない作業に全力は尽くせません。「なぜ、この追客が必要なのか」「なぜ、このロープレをやるのか」という目的を共有することで、部下は納得感を持って行動できます。これは、部下の主体性を引き出すための、最初のスイッチです。

(例:「なぜこのロープレをやるかというと、君の今の課題である“ヒアリングの深掘り”を克服するためだ。ここをクリアすれば、間違いなく受注率は上がる」)

② 何を・どのようにやるのか?(具体的な行動)

「頑張る」ではなく「何をするか」を明確にします。「ヒアリングを強化する」ではなく、「お客様の課題を最低3つ、このヒアリングシートの項目に従って抽出する」と具体的に指示します。行動が具体的であればあるほど、部下は迷わず実行に移せます。

③ いつまでに?(期限の明確化)

「なるべく早く」は、人によって解釈が異なります。「今日の17時までに」「金曜日の午前中までに」と、具体的な日時で期限を設定します。期限があることで、部下はタスクの優先順位をつけ、計画的に行動することができます。

④ どのレベルで?(品質・基準の伝達)

どのレベルに達すれば、そのタスクが完了したと見なすのかを伝えます。「提案資料を作っておいて」ではなく、「このフォーマットを使い、キーワード、エリア、検索ボリュームの3点を記載した資料を作成してください。参考資料はこのA社のものと同じレベルで」と、具体的な基準や見本を示します。

⑤ どんな状態ならOKか?(期待する成果の定義)

最終的なゴールイメージを共有します。「自分でやり切ったと思えるまで、5回クロージングを繰り返してきてください。受注できなくても、それができれば、この商談は君の成長にとって成功だ」といった形です。成果の定義を明確にすることで、部下は安心して挑戦できます。

この5つの要素を意識するだけで、あなたの指示は「曖昧な依頼」から「再現性のある命令」へと変わり、部下の行動精度は劇的に向上します。


第5章:目標設定という「戦術兵器」を使いこなす

最後に、部下の成長を加速させる、もう一つの強力な戦術「目標設定」についてお話しします。これもまた、多くのマネージャーが見落としている、極めて重要な戦術です。

売上目標とは別に「スキル目標」を設定する

多くのマネージャーは、部下との面談で「今月、売上200万円作ろう」という結果目標の話しかしていません。しかし、これでは部下は何をどう頑張ればいいのか分かりません。

重要なのは、その売上目標を達成するために、「今月、どのスキルを、どのレベルまで習得するか」という「スキル目標」をセットで設定することです。

「今月の目標は、当月決済率を70%から80%に引き上げることだ。そのために、この決済率向上のテクニックを習得し、全ての商談で実践しよう」

「今月は、ヒアリング技術を完全にマスターしよう。全ての商談で、お客様から3つ以上の本質的な課題を引き出すことを目標にする」

売上は市況にも左右されますが、一度身につけたスキルは裏切りません。このスキル目標の達成こそが、部下のモチベーションを維持し、長期的な成長を支えるのです。

やってはいけない目標設定

ただし、目標設定には禁じ手があります。部下の信頼を失い、無駄な努力を強いる最悪のマネジメントです。

  • あなた自身ができないこと、やり方が分からないことを目標にしない。 もしあなたが追客が苦手なら、「俺は苦手だから、追客が得意な〇〇さんに聞いてこい」と、他のプロを頼る正直さが必要です。できないことを知ったかぶりで教える上司は、一瞬で見抜かれます。
  • 部下の能力を遥かに超える目標を設定しない。 目標は、常に「今の部下の能力を、少しだけ超える」レベルに設定してください。無茶ぶりは、部下のモチベーションと、あなたへの信頼を破壊するだけです。

まとめ:最高の戦略は、最高の戦術から生まれる

営業教育とは、部下の「やる気」に期待する精神論ではありません。それは、部下の貴重な努力を1ミリも無駄にさせないための、極めて科学的で、緻密な「戦術」の積み重ねです。

  • 部下の現在地とゴールを把握し、「最短距離」を示す。
  • 経験の浅い部下には、迷わず「具体的」な指示を与える。
  • 全ての指示は「言語化 × 数値化」する。
  • 指示には「5つの必須要素」を盛り込み、解釈のズレをなくす。
  • 目標は「売上」だけでなく、「スキル」で設定する。

どれだけ崇高な経営戦略も、どれだけ優れた営業戦略も、それを実行する兵士(営業担当者)を育てる「戦術(教育)」が伴わなければ、一枚の紙切れと同じです。

あなたのその一言、その指示が、部下の未来を、そして会社の未来を創ります。明日から、あなたの指示の出し方を、少しだけ見直してみませんか。

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