【SPIN話法の上位互換】トップセールスの「ヒアリング」を完全再現するGAPSSモデルとは?
はじめに:なぜ、あなたのヒアリングは「長いだけで、刺さらない」のか?
「ヒアリングが重要だ、というのは分かっている」 「お客様の話をしっかり聞いているつもりだ」 「でも、なぜか商談の最後に『検討します』と言われてしまう…」
こんにちは。営業教育ストラテジストの筒井です。
これまで数百名の営業を育成する中で、多くの人がこの「ヒアリングの壁」にぶつかるのを見てきました。ヒアリングに時間をかけたにも関わらず、提案が全く響かない。それどころか、話が迷子になり、着地点が分からなくなってしまう。あなたにも、そんな経験はないでしょうか。
多くの営業研修では「SPIN話法」のようなフレームワークが教えられます。それらは確かに有用ですが、現代の複雑な顧客課題に対応するには、それだけでは不十分なケースが増えているのも事実です。
この記事は、私が研修で必ず教えている、SPIN話法の思想を内包し、さらにその弱点を克服した、いわば「完全上位互換」とも言えるヒアリングのフレームワークを、余すところなくお伝えするものです。
この本質的な流れを理解し、実践することで、あなたのヒアリングは「ただ聞くだけの作業」から「お客様自身も気づいていない課題を特定し、共に解決策を創り出す戦略的対話」へと進化します。
9割の営業が陥る、ヒアリング最大の失敗
本題に入る前に、ほとんどの営業担当者が無意識に犯している、ヒアリングにおける最大の失敗についてお話しさせてください。それは、お客様の「理想」を聞き出した瞬間に、すぐさま自社の「提案」に飛びついてしまうという過ちです。
(よくある失敗例) 営業: 「どのような方を採用できたら理想的ですか?」 顧客: 「そうですね、3ヶ月以内に即戦力になる若手を採用したいんです」 営業: 「それでしたら、弊社のサービスにお任せください! まさにそういった人材を集めるのが得意なんです!」
一見、スムーズな会話に見えます。しかし、これこそが「刺さらない提案」の典型例です。
なぜなら、この時点でお客様は「なぜ、これまで自社の採用がうまくいかなかったのか」という根本原因を理解していないからです。 原因が分からないまま新しい提案を受けても、「今の採用方法でも、もう少し頑張ればうまくいくかもしれない」「他にもっと良い方法があるかもしれない」という他の可能性への期待が残ったままになってしまいます。
結果として、あなたの提案は数ある選択肢の一つにしか過ぎず、「素晴らしいですね。でも、一度持ち帰って検討します」という、お決まりのセリフで終わってしまうのです。
トップセールスが実践するヒアリングの思考法「GAPSS(ギャップス)モデル」
では、どうすればこの失敗を乗り越え、お客様が「これしかない」と納得する提案に繋げられるのか。その答えが、私が提唱するヒアリングの思考フレームワーク**「GAPSS(ギャップス)モデル」**です。
これは、Gap(ギャップ)、Analysis(原因分析)、Problem(課題設定)、Solution(解決策)、Success(成功)の頭文字を取ったもので、ヒアリングを以下の5つのステップで構造的に進める思考法です。
- 【G】Gap:ギャップの特定 お客様の「理想」と「現状」を明確にし、その間にあるギャップを浮き彫りにします。 これが全ての出発点です。
- 【A】Analysis:原因の分析 そのギャップ(=問題点)が「なぜ」発生しているのか、その根本的な原因を顧客と共に深掘りし、特定します。 これが最も重要なステップです。
- 【P】Problem:課題の提示 特定した原因を取り除くために、「何をすべきか」という取り組むべき課題を明確に定義し、顧客と合意形成します。
- 【S】Solution:解決策の提案 その課題を解決するための具体的な施策(解決策)として、自社のサービスを提示します。
- 【S】Success:成功への合意 解決策を実行した結果、顧客が当初描いていた「理想」が手に入ることを示し、導入後の成功イメージを共有します。
この流れでヒアリングを進めることで、あなたの提案は単なる商品説明ではなく、「我々の根本原因を解決し、理想の未来に導いてくれる、唯一無二の解決策」としてお客様の目に映るのです。
なぜ、GAPSSモデルはSPIN話法の上位互換なのか?
ここで、伝統的な営業フレームワークである「SPIN話法」と比較してみましょう。
SPIN話法とは?
- S (Situation Questions): 状況質問
- P (Problem Questions): 問題質問
- I (Implication Questions): 示唆質問(問題がもたらす悪い影響を拡大させる)
- N (Need-payoff Questions): 解決示唆質問(もし解決したらどうなるかをイメージさせる)
SPIN話法は、お客様自身に問題の重要性を気づかせる上で非常に優れたフレームワークです。しかし、GAPSSモデルは、SPINが持つ思想を内包した上で、その弱点を克服しています。
SPINの弱点は、「I(示唆質問)」で問題の重大さを認識させた後、すぐに「N(解決示唆質問)」、つまり解決策の話に移りがちな点です。ここには、「なぜ、その問題が起きているのか?」という根本原因の分析ステップが欠落しています。
GAPSSモデルは、「A:Analysis(原因の分析)」というステップを明確に設けることで、この欠点を補います。
GAPSSモデル | SPIN話法との対応 | GAPSSモデルの付加価値 |
G:ギャップの特定 | S(状況質問)、P(問題質問) | お客様の「理想」を明確に言語化する |
A:原因の分析 | (SPINには明確なステップなし) | 問題の「根本原因」を特定し、他の可能性を排除する |
P:課題の提示 | I(示唆質問) | 取り組むべきアクションを具体的に定義する |
S:解決策の提案 | N(解決示唆質問) | 根本原因を解決する唯一の施策として提案できる |
S:成功への合意 | N(解決示唆質問) | 投資対効果(ROI)を含めた成功イメージを共有する |
「原因」を特定し、顧客と合意することで、「今やっている施策の延長線上に成功はない」「他の選択肢ではこの原因は解決できない」という認識を共有できます。 これにより、あなたの提案が論理的必然性を持つのです。
GAPSSモデルを実践する「ヒアリングシート」活用術
「この流れは理解できた。でも、実際の商談で使いこなせる自信がない…」 当然です。「知っている」ことと「できる」ことは全く違います。
多くの営業は、ヒアリング内容を時系列でメモします。 しかし、実際の会話は「現状」と「理想」を行ったり来たりするため、後で見返した時に情報が整理できず、どの情報がどのステップに該当するのか分からなくなってしまうのです。
そこで私が研修で必ず実践してもらっているのが、GAPSSモデルのフレームワークをそのまま落とし込んだ「ヒアリングシート」を事前に用意し、会話しながら情報を分類・記入していく方法です。
ヒアリングシート テンプレート
【G】Gap:ギャップの特定 | |
理想(To-Be) いつまでに、どのような状態になりたいか? | 現状(As-Is) 現在の状況、過去の経緯、実施中の施策は? |
(ここに記入) | (ここに記入) |
問題点(=ギャップ)の要約 「つまり、貴社の問題は『理想』であるべきところ、『現状』に留まっている、この差分(ギャップ)そのものですね?」 | |
【A】Analysis:原因の分析 | |
根本原因の仮説 「この問題が発生している根本原因は、〇〇ではないでしょうか?」 | |
(ここに記入) | |
【P】Problem:課題の提示 | |
取り組むべき課題 「ということは、今取り組むべき課題は、この原因を解消するための〇〇ですね?」 | |
(ここに記入) | |
【S】Solution:解決策の提案 | |
具体的な施策(自社サービス) 「その課題を解決する具体的な方法が、弊社の〇〇です」 | |
(ここに記入) | |
【S】Success:成功への合意(テストクロージング) | |
導入後の成功イメージ 「もし、この〇〇で貴社の課題が解決できるなら、導入してみたいと思われますか?」 | |
(ここに記入) |
【記入例】採用支援サービスのケース
【G】Gap:ギャップの特定 | |
理想(To-Be) | 現状(As-Is) |
・3ヶ月以内に、Webマーケティングの即戦力を1名採用したい。 | ・大手求人媒体Aに半年間掲載しているが、応募は月2〜3件。 ・応募者のスキルもミスマッチが多い。 |
問題点(=ギャップ)の要約 「つまり、貴社の問題は『3ヶ月以内に即戦力を1名採用したい』という理想に対し、『現状の媒体では応募が少なく、質も低い』というこのギャップですね?」 | |
【A】Analysis:原因の分析 | |
根本原因の仮説 「この問題の原因は、大手媒体では貴社の魅力が他社に埋もれてしまい、本当に求める人材に情報が届いていないことではないでしょうか?」 | |
【P】Problem:課題の提示 | |
取り組むべき課題 「ということは、今取り組むべき課題は、不特定多数に知らせるのではなく、貴社が求める即戦力層に直接アプローチできる新しい採用チャネルを開拓することですね?」 | |
【S】Solution:解決策の提案 | |
具体的な施策(自社サービス) 「その課題を解決するのが、弊社のダイレクトリクルーティングサービスです。 | |
【S】Success:成功への合意(テストクロージング) | |
導入後の成功イメージ 「もし、このサービスで貴社が求める即戦力層に直接アプローチでき、3ヶ月以内の採用が実現できるなら、導入してみたいと思われますか?」 |
このように、シートを埋めることを意識してヒアリングを進めるだけで、会話の流れが論理的になり、聞くべきことが明確になります。 そして、自然とお客様を深い納得感へと導くことができるのです。
実践者・美咲の声:「知っている」から「できる」への険しい道のり
このサイトの運営アシスタントであり、私の元部下でもある美咲も、このGAPSSモデルをマスターしたことで営業成績を飛躍的に伸ばした一人です。
彼女がスランプに陥っていた頃、まさに「お客様の理想を聞いてすぐ提案する」という典型的な失敗を繰り返していました。そこで私は、彼女にこのフレームワークを徹底的に叩き込みました。
しかし、彼女は当初、大きな壁にぶつかりました。
「頭では理解できるんです。でも、いざお客様を目の前にすると、どの質問をすればいいか分からなくなって、結局いつもの自分のやり方に戻ってしまう…」
そう、このフレームワークは、知っていることと、実践できることの間には、非常に大きな溝があるのです。
彼女がその溝を埋めるために何をしたか。答えはシンプルです。圧倒的な量の「ロープレ(ロールプレイング)」です。
私がお客様役となり、様々な業界、様々な性格の担当者を演じ、彼女にGAPSSモデルを使ったヒアリングを何度も何度も繰り返させました。
- 商談後には必ず録音を聞き返し、どのステップができていて、どこができていなかったかを自己分析させる。
- 私からは、「なぜ、あそこで原因の深掘りをしなかった?」「今の課題設定でお客様は本当に納得したと思うか?」といった具体的なフィードバックを返す。
この地道で泥臭い反復練習を数ヶ月続けた結果、ある時から彼女のヒアリングは別次元のレベルに進化しました。フレームワークが完全に身体に染み付き、どんなお客様に対しても、自然に会話を構造化できるようになったのです。
このGAPSSモデルは、一度読んで理解できる魔法の杖ではありません。 それは、厳しい練習を通じて初めて使いこなせるようになる、プロフェッショナルのための「武器」なのです。
まとめ:ヒアリングとは「未来への地図」を共創するプロセスである
ヒアリングとは、単なる情報収集ではありません。それは、お客様と共に、現状という出発点から、理想という目的地までの「地図」を描き、その道のりに潜む障害物(原因)を特定し、最適なルート(課題・解決策)を見つけ出す、共同作業です。
SPIN話法も素晴らしいコンパスですが、GAPSSモデルは、より精度の高い地図を描き、最短で目的地に到達するためのナビゲーションシステムと言えるでしょう。
- G (Gap): 「理想」と「現状」の差分を特定する
- A (Analysis): その差分が生まれている「根本原因」を分析する
- P (Problem): 原因を解決するために取り組むべき「課題」を合意する
- S (Solution): 課題解決のための「解決策」として提案する
- S (Success): 提案によって「理想」が実現できることを共有する
この思考法を身につけるには、日々の練習が不可欠です。この記事を読んだら、ぜひ同僚や上司に協力してもらい、ロープレを実践してみてください。そして、実際の商談では、常にこのフレームワークを意識し、ヒアリングシートを活用するのです。
最初はぎこちなくても、繰り返すうちに、あなたのヒアリングは確実に進化します。そして、お客様から「あなたに相談してよかった」と、心からの信頼を寄せられるようになるはずです。
1400名規模のITベンチャー企業の営業部長・現ストラテジスト。
これまでに300名以上の営業マンの育成や営業組織の設計に携わり、商談スクリプトの構築や各業界のトップセールスの営業スキルの暗黙知を形式知にするなどの教育メソッドを体系化。
営業を「属人的な才能」ではなく「再現できる仕組み」として確立することを専門領域としている。
本サイトでは、営業力を高めたい個人や、営業教育を仕組み化したい法人に向けて、現場で成果を出すためのノウハウと知見を発信している。