「尋問」になっていませんか? 口下手でも会話が弾む、トップセールスの質問順序「現在・過去・未来」の法則
はじめに:熱心なヒアリングが、お客様を追い詰めていた
「失礼します。……御社の来期の売上目標はいくらですか?」 「その目標に対して、現在の達成率は何%ですか?」 「なぜ、未達なんですか? 具体的な課題は何ですか?」
会議室に、張り詰めた空気が流れています。 これは、私のチームの新人営業、Bさんとのロープレ風景です。
Bさんは非常に真面目です。「お客様の課題を聞き出さなければ!」という使命感に燃えています。だからこそ、矢継ぎ早に質問を繰り出します。 しかし、お客様役の私は、質問を重ねられるたびに心が閉じていくのを感じていました。
「……うーん、ちょっとそこまでは答えられないかな」
私がそう返すと、Bさんは困った顔で「えっ、でも課題を聞かないと提案できないですし……」とフリーズしてしまいました。
こんにちは、美咲詩乃です。
「ヒアリングが盛り上がらない」 「質問すればするほど、お客様の口が重くなる」 「沈黙が怖くて、つい次の質問を被せてしまう」
もしあなたがそんな悩みを抱えているなら、あなたのヒアリングは「会話」ではなく「尋問」になっている可能性があります。
お客様は、決して意地悪で答えないのではありません。「答えにくい質問」を、「答えたくないタイミング」で投げかけられているから、口を閉ざしてしまうのです。
この記事では、口下手で沈黙恐怖症だった私が、上司の筒井さんから教わった**「ある法則」**を使って、お客様と自然に会話のキャッチボールができるようになった方法をお伝えします。
難しい心理学ではありません。使うのは「ランチの話題」だけ。 質問の「順番」をほんの少し変えるだけで、あなたの商談は「苦しい尋問」から「楽しいおしゃべり」へと変わります。
第1章:なぜ、あなたの質問は「重い」のか?
まず、なぜBさんのヒアリングが「尋問」に聞こえてしまったのか、その原因を紐解いていきましょう。
いきなり「未来」を聞くのは、プロポーズするようなもの
Bさんが最初に聞いたのは、「来期の目標(未来)」や「課題(未来への障害)」でした。 営業としては、一番知りたい核心部分です。しかし、お客様からすると、これは非常にカロリーの高い質問なのです。
まだ信頼関係もできていない相手に、未来の計画や、抱えている悩みを打ち明ける。これは、初対面の人にいきなり「将来の夢は?」「貯金いくらある?」と聞かれるようなものです。 警戒されて当然ですよね。
脳は「考えること」をストレスに感じる
さらに言うと、未来のことは「考えないと答えられない」情報です。
- 来期の目標は……まだ確定していないな。
- 課題は……いろいろあるけど、どれを言えばいいんだろう。
脳は、エネルギーを使うことを嫌がります。会話のリズムができていない段階で、頭を使わせる質問を投げかけられると、お客様は無意識に「面倒くさいな」と感じてしまいます。 この「面倒くさい」という感情が、心のシャッターを下ろす原因なのです。
第2章:筒井さん直伝「ランチの法則」。会話のリズムを作る黄金ルート
では、どうすればお客様にストレスを与えず、スムーズに会話を始められるのでしょうか。 ここで、私がまだ売れない営業だった頃、筒井さんから教わった「ランチの法則」をご紹介します。
「明日の昼ごはん」は答えられないけれど……
ある日、ヒアリングに悩む私に、筒井さんはこう問いかけました。
「美咲さん、明日の昼ごはん、何食べるか決めてる?」
「えっ? 明日ですか? うーん……まだ決めてないです。その時の気分かなぁ」
「だよね。じゃあさ、今日のお昼は何食べた?」
「今日は、駅前のカフェでパスタランチを食べました。あそこのカルボナーラが好きで」
「なるほどね。じゃあ、昨日の夜は何食べた?」
「昨日は……ええと、自炊しました。肉じゃがを作りすぎてしまって(笑)」
筒井さんはニヤリと笑って言いました。
「それが人間の脳の仕組みだよ。『未来(明日)』のことは、決まっていないし、答えるのにエネルギーがいる。でも、『現在(今日)』や『過去(昨日)』のことは、事実としてそこにあるから、何も考えずに即答できるんだ」
現在・過去・未来の順序を守る
筒井さんの教えはシンプルでした。 会話のエンジンをかけるには、**「脳に負荷のかからない順番」**で質問しなければならない。その順番こそが、これです。
- 【現在】(Now):今、目の前にある事実。YES/NOで答えられること。
- (例)「今日はお昼食べました?」
- 【過去】(Past):すでに起きた事実。記憶を辿れば答えられること。
- (例)「昨日は何を食べたんですか?」
- 【未来】(Future):これから起こること、意志、計画。考えないと答えられないこと。
- (例)「明日は何を食べたい気分ですか?」
私はBさんに言いました。 「B君、いきなり『来期の目標(未来)』を聞くのは、会っていきなり『明日の昼ごはん決めてますか?』って聞くのと同じだよ。『知らんがな、面倒くさいな』ってなっちゃう。まずは『今、食べてますか?(現在)』から始めないと」
第3章:実践! 営業ヒアリングへの応用
この「ランチの法則」を、実際の営業現場に落とし込んでみましょう。 Bさんの商談(SaaSツールの提案)を例に、リライトしてみます。
ステップ1:【現在】答えやすさ100%の質問でラリーを始める
まずは、お客様が何も考えずに「はい」「そうですね」と即答できる、現状についての質問から入ります。
【× 悪い例】 「今の課題は何ですか?」(思考が必要=重い)
【○ 良い例】 「今、顧客管理には〇〇というツールを使っていらっしゃるんですよね?」(事実確認=軽い) 「社員数は、だいたい50名様くらいでしょうか?」(事実確認=軽い)
お客様:「はい、そうですよ」 営業:「ありがとうございます。〇〇ツール、結構長く使われているんですか?」 お客様:「ええ、もう3年くらいかな」
これなら、お客様はストレスなく答えられます。まずはこの**「会話のラリー」**を数往復させ、場を温めることが最優先です。
ステップ2:【過去】エピソードを引き出し、共感を生む
リズムができてきたら、少し時間を遡って「過去」について聞きます。過去の事実は変えられないので、これも比較的答えやすい質問です。
【○ 良い例】 「3年前に〇〇ツールを導入された時は、何かきっかけがあったんですか?」 「創業当時は、やはりアナログで管理されていたんですか?」
お客様:「そうそう、最初はエクセルでやってたんだけど、人数が増えて管理しきれなくなってね……」 営業:「ああ、やっぱりそうなんですね。エクセルだと同時編集とかでトラブル起きがちですよね」
ここで、お客様の苦労話やエピソード(一次情報)が出てきます。そこに対して**「共感」**を示すことで、信頼関係の土台が固まります。
ステップ3:【未来】温まった場で、核心に触れる
「現在」と「過去」の話で会話が弾み、相手が「この人は私の話を分かってくれる」と感じ始めたタイミング。ここで初めて、「未来」の質問を投げかけます。
【○ 良い例】 「なるほど、これまではそういう経緯があったんですね。……ちなみに、来期に向けては、さらに人数を増やしていくご予定なんですか?」 「今の体制で、今後も目標達成できそうですか? それとも、何か新しい手が必要だと感じていらっしゃいますか?」
ここまでの会話(ラリー)が続いていれば、お客様の脳はすでに「話すモード」になっています。 心地よい会話の流れを止めるほうが、逆にストレスになる状態を作れているので、少々答えづらい「未来」の質問に対しても、自然と口を開いてくれるのです。
「うーん、実はね、今のままだと厳しいと思ってるんだよ。来期は目標が2倍になるから、今のツールだと……」
これこそが、私たちが本当に聞きたかった「本音の課題」です。
まとめ:ヒアリングは「キャッチボール」。暴投してはいけない
Bさんは、この「現在・過去・未来」の順序を意識してロープレをやり直しました。
「現在は〇〇を使われているんですね(現在)」
「導入されたきっかけは?(過去)」
「……ということは、今後はこういう風にしていきたいという思いもお持ちですか?(未来)」
すると、驚くほど会話がスムーズになり、私(お客様役)も自然と課題を話したくなっていました。 Bさんは「すごい……! お客様が勝手に喋ってくれる感覚がありました!」と目を輝かせていました。
営業のヒアリングは、尋問ではありません。 相手が取りやすいボールを投げ、返ってきたボールを受け止め、徐々に距離を伸ばしていくキャッチボールです。
- いきなり「未来(考えさせる質問)」を投げない。
- まずは「現在(即答できる事実)」でリズムを作る。
- 「過去(経緯)」を聞いて共感する。
- 場が温まってから、そっと「未来(課題)」を聞く。
この順番を守るだけで、あなたの商談から「気まずい沈黙」は消え去ります。 そして、お客様は「この人とは会話が弾むな」「話しやすいな」と感じ、あなたに心を開いてくれるはずです。
もし、あなたが「そうは言っても、どんな言葉で切り出せばいいか不安だ…」という場合は、前回の記事『AI時代に営業はなくならない。「一次情報」で信頼を掴むアイスブレイクの技術』も参考にしてみてください。 「現在」の質問のネタとして、事前のリサーチ(Googleマップなど)が最強の武器になることがわかるはずです。
さあ、明日の商談では、いきなり「課題」という剛速球を投げるのをやめて、まずは「ランチの話」をするような気軽さで、目の前の事実から聞いてみませんか?

元営業ウーマン。現在28歳。
新人時代には数字に追われて悩み、営業を辞めたいと思った経験もあるが、学びを通じて成果を伸ばし、営業の面白さに気づいた。
今は「営業をもっと楽しく、長く続けられる仕事に」という想いから、読者に寄り添った記事を執筆。
本サイトでは、営業現場でのリアルな悩みや体験談を交えながら、共感型のコンテンツを発信している。
