AI時代に営業はなくならない。「一次情報」で信頼を掴むアイスブレイクの技術
はじめに:「綺麗に話せているけれど、何も残らない」という違和感
「……というわけで、弊社の集客支援ツールは、業界でもNo.1のシェアを誇っておりまして、機能としても〇〇や△△といった特徴がございます。導入いただければ、御社の課題解決に必ずやお役に立てるかと……」
先日、私がマネジメントを担当している入社2年目の部下、A君とのロープレでの一幕です。
彼は非常に真面目で、勉強熱心な性格です。会社から支給されたマニュアルやトークスクリプトは完璧に暗記していますし、話し方も流暢で、礼儀正しい。 一見すると、何の非の打ち所もない、完璧な商談のように思えます。
けれど、お客様役として彼の話を聞いている私の心には、何一つとして「フック」がかからなかったのです。
「なるほど、よく分かりました。いいサービスですね。検討します」
そう言って商談を終えた後、私は彼にこう問いかけました。
「A君、今の説明、すごく分かりやすかったよ。でもね、あえて厳しいことを聞くけれど……その話って、全部Googleで検索したら3分で分かることじゃない?」
A君は、ハッとした表情で言葉を失いました。
こんにちは、美咲詩乃です。
「AIの発達で、営業の仕事はなくなるのではないか?」 「AIによる営業支援ツールを活用すれば、人間は不要になるのか?」
そんな不安を感じている方も多いかもしれません。 確かに、マニュアル通りの情報をただ届けるだけの営業は、残念ながらAIに置き換わってしまうでしょう。お客様はスマホ一つで、商品のスペックも、競合比較も、評判も調べられるからです。
しかし、逆説的ですが、AIが普及すればするほど、私たち人間にしかできない「泥臭い価値」が高まります。
それは、あなた自身の経験、視点、そして熱量が込められた「一次情報」を語ることです。
この記事は、私が部下のA君への指導を通じて改めて気づかされた、「AI時代に生き残る営業」の本質についての記録です。かつての私が、このサイトの監修者である筒井さんから叩き込まれた教えをベースに、明日から実践できる「選ばれる営業」への変革術をお伝えします。
また、多くの営業が悩む「初対面のアイスブレイク」や「雑談」についても、AIには真似できない決定的なコツをご紹介します。
もしあなたが、「一生懸命説明しているのに、なぜかお客様に響かない」「AIに仕事が奪われるのではないかと不安だ」と感じているなら、ぜひ最後まで読んでみてください。 その不安を払拭し、あなたにしかできない営業の形を見つけるヒントが、きっとここにあります。
第1章:お客様は、あなたより詳しいかもしれない。「二次情報」の限界
まず、私たちが直面している残酷な現実から目を背けずに直視しましょう。
それは、「お客様は、営業担当者よりも詳しい場合がある」という事実です。
マニュアル通りの説明は「答え合わせ」に過ぎない
私が新人だった頃、商品知識を詰め込むことに必死でした。パンフレットに書いてあることを一言一句間違えずに伝えることが、誠実な営業だと信じていたからです。
しかし、ある商談で、ITリテラシーの高いお客様からこう言われたことがあります。
「ああ、その機能の話ね。Webサイトで見たから知ってるよ。それより、実際に導入した同業他社が、現場でどんなトラブルに直面して、それをどう乗り越えたのか、そういう生の話が聞きたいんだけど」
私は言葉に詰まりました。私が一生懸命話していたのは、誰でもアクセスできる「二次情報(誰かが加工した情報)」に過ぎなかったのです。お客様にとって、それは既に知っている情報の「答え合わせ」でしかなく、わざわざ時間を割いて聞く価値のないものでした。
A君のロープレに欠けていたもの
冒頭のA君のロープレも、まさにこの状態でした。 彼は、「業界の市場規模が拡大していること」や「一般的な集客の課題」について、綺麗に整理された資料を基に説明してくれました。
しかし、それは「どこかの誰か」が言っていた言葉の受け売りであり、A君自身のフィルターを通した言葉ではありませんでした。だからこそ、正しいけれど、熱がない。綺麗だけれど、重みがない。
私は彼にこうフィードバックしました。
「A君、今話してくれた市場の動向は、確かに正しいよ。でも、それはネットニュースを見れば書いてあることだよね。お客様がわざわざ君という人間に会って時間をくれているのは、ニュースの読み上げを聞くためじゃない。君が現場で見て、聞いて、肌で感じた『リアル』を聞きたいんだよ」
第2章:会社の「看板」ではなく、「あなた」の言葉で語れ
では、どうすれば「二次情報」ではなく、価値ある「一次情報」を語れるようになるのでしょうか。
ここで、私がまだ売れない営業だった頃、筒井さんから授かった「ハーブティーの法則(私が名付けました)」という、忘れられない教えをご紹介します。
「成分と効能」よりも「どんな夜に飲むか」を知りたい
当時、私は自社のサービスの優位性を伝えるために、「業界No.1の実績」「導入社数〇〇社」という数字ばかりをアピールしていました。しかし、お客様の反応はいまいち。
そんな私に、筒井さんはこんな問いかけをしました。
「美咲さん、ハーブティー好きだったよね?」
「はい、毎晩寝る前に飲んでいます」
「そうか。じゃあさ、もしハーブ専門店の店員さんが『このカモミールティーはリラックス効果がある成分が含まれていて、当店で一番売れています!だから買いましょう!』って言ってきたら、どう思う?」
「まあ、教科書通りだな、とは思いますけど……それだけで買おうとはならないかもしれません」
筒井さんは優しく微笑んで続けました。
「だよね。でもさ、もしその店員さんが、『実はお客様、私も仕事で失敗して落ち込んで、どうしても眠れない夜があるんです。そんな時にこのブレンドを少し濃いめに入れて、ハチミツを垂らして飲むと、胸のつかえがスッと取れて、泥のように眠れるんですよ』って言ってきたら、どう?」
「……それなら、『私にもそれが必要です!』って買っちゃうと思います」
「それが『一次情報』の力だよ。お客様は、成分表や売上ランキング(二次情報)にお金を払うんじゃない。その商品を使った先にある『救い』や、具体的な活用シーン(一次情報)にお金を払うんだ。それを語れるのは、カタログじゃなくて、美咲さん自身の体験と解釈しかないんだよ」
自分自身の体験と解釈を乗せる
この教えは、私の営業スタイルを根底から変えました。 自分の好きなものを通して教えてくれたことで、「機能」ではなく「情緒」や「体験」を伝えることの意味が、ストンと腹落ちしたのです。
A君にも、この話をしました。 「A君、君が担当しているあのお客様は、きっと『集客ツール』そのものが欲しいわけじゃないよね。そのツールを使って、どうなりたいんだろう?」
「……ええと、店舗の売上を上げて、従業員を増やしたいとおっしゃっていました」
「そうだよね。だったら、君が語るべきはツールの機能じゃない。『僕が担当している別の店舗様では、この機能を使って、こんな風に従業員のモチベーションが変わったんです』とか、『最初は使いこなせるか不安がっていた店長さんが、一ヶ月後にはこんな風に楽しんで使ってくれるようになったんです』という、君だけが知っているエピソードなんじゃないかな?」
会社の看板(No.1実績など)は、信頼の入り口にはなりますが、最後の決め手にはなりません。 お客様が契約書にハンコを押す瞬間に背中を押すのは、「あなたがそこまで言うなら、信じてみよう」という、あなた個人への信頼、すなわち「一次情報への共感」なのです。
第3章:「風が吹けば桶屋が儲かる」になっていないか?論理の飛躍を埋める技術
一次情報の重要性は理解できても、それをどう伝えるかには技術が必要です。 特に、私たちが扱っているような無形のサービス(SaaSやコンサルティングなど)の場合、商品とお客様の利益の繋がりが見えにくいことがあります。
ここで陥りがちなのが、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な、論理の飛躍です。
「なぜ?」のミッシングリンクを繋ぐのは営業の仕事
A君のロープレで、もう一つ気になった点がありました。 それは、「弊社のサービスを導入すれば、売上が上がります」という提案のロジックが、あまりにも大雑把だったことです。
「サービス導入」→「(???)」→「売上アップ」
この(???)の部分、つまり「なぜ、そうなるのか?」という因果関係が、お客様には見えていませんでした。営業であるA君の頭の中では繋がっているのかもしれませんが、初めて聞くお客様にとっては、「風が吹けば桶屋が儲かる」と言われているようなもので、「え、なんで急にそうなるの?」という不信感しか生まれません。
私はA君に、ホワイトボードを使って説明しました。
「A君、このサービスを入れると、まず何が起きる?」
「ええと、Webサイトへのアクセス数が増えます」
「アクセスが増えると、どうなる?」
「問い合わせが増えます」
「問い合わせが増えると、現場はどうなる?」
「対応が大変になりますが……成約のチャンスも増えます」
「その時、このツールの自動返信機能があれば?」
「あ、現場の負担を減らしつつ、取りこぼしを防げます」
「だから?」
「……だから、売上が上がるし、従業員も疲弊しない。そこまで説明しないといけないんですね」
点と点を線にする「ストーリーテリング」
お客様は、私たちほどその商品のことを考えて暮らしていません。だからこそ、「点(商品)」と「点(結果)」の間にある「線(プロセス)」を、丁寧に、論理的に、そして魅力的な物語として繋いであげることが必要です。
筒井さんはこれを「構造設計」と呼びますが、私はもっと柔らかく「お客様と一緒に未来への階段を一段ずつ上るイメージ」だと捉えています。
「この階段を上ると(導入すると)、まずこんな景色が見えます(アクセス増)。次はこんな風を感じます(問い合わせ増)。少し息が切れるかもしれませんが(現場の負担)、ここでこの杖を使えば(自動化機能)、楽に頂上(売上アップ)まで行けますよ」
このように、因果関係を一つひとつ丁寧に紐解き、お客様が「なるほど、それなら確かにそうなるね」と納得できるストーリーを構築すること。 それが、AIが提示する「最適解」の検索結果だけでは埋められない、人間味のある「納得感」を生み出すのです。
第4章:初対面で信頼を掴む。最強の「アイスブレイク」は準備で作れる
営業の現場でよく聞くのが、「初対面のアイスブレイクが苦手だ」「雑談のネタがない」という悩みです。天気の話やニュースの話でお茶を濁していませんか?
実は、一次情報を活用した「事前準備」こそが、どんな口下手な営業でも実践できる、最強のアイスブレイクのコツなのです。
Googleマップが「雑談」のネタになる
ロープレ後のフィードバックで、私はA君にこう尋ねました。
「今回のお客様のお店、Googleマップで見た?」 「はい、場所は確認しました」 「ストリートビューで周りの景色は見た?隣にどんなお店があるか知ってる?駅から歩いて何分か、坂道はあるか、調べた?」 「……いえ、そこまでは」
「そこなんだよ、A君。ネットで会社概要を見るのは誰でもやる。でも、お客様が毎日通っている道の雰囲気や、お店の周りの空気感まで想像して商談に臨む営業は、ほとんどいない。だからこそ、それが『一次情報』になるんだよ」
かつて筒井さんは、商談に行く前、その会社の周辺をGoogleマップで徹底的に調べ上げ、まるで「昔からその街を知っている地元の人」のような顔をして商談に臨んでいました。
「社長、この辺り、一本裏に入るとすごく静かでいい雰囲気ですよね。あの角の定食屋さん、お昼時は混んでますけど、やっぱり美味しいんですか?」
商談の冒頭でこんな風に切り出されたら、お客様はどう思うでしょうか? いわゆる「営業の雑談」テクニックを使わなくても、「この人、うちのことをこんなに調べてきてくれたのか」「ただの営業じゃなくて、この街の空気を共有できる人なんだな」と感動し、一瞬で心の距離が縮まります。
これこそが、AIには真似できない、人間ならではのアイスブレイクです。
汗をかいた分だけ、言葉に重みが宿る
ネットで検索して出てくる情報は、所詮「文字」や「データ」です。 でも、そこに「駅から歩くと意外と遠いですね」「隣のカフェの客層と御社のターゲット、被りそうですね」といった、あなたの行動と感覚(五感)を伴った情報が加わると、それは唯一無二の「一次情報」へと昇華します。
私はA君に言いました。
「次は、もし可能なら実際にお店に行ってみてごらん。無理なら、ストリートビューで周辺を10分間散歩してみて。お客様が見ている景色を、君も見るんだよ。その『解像度』の違いが、必ず言葉の端々に現れるから」
AIは、データを高速で処理することはできますが、「現場の空気を感じる」ことや「お客様の日常に想いを馳せる」ことはできません。 汗をかき、手間をかけ、想像力を働かせて手に入れた情報こそが、お客様の心を動かす最強の武器になるのです。
まとめ:営業は情報の「配達人」ではない。「編集者」であれ
A君とのロープレとフィードバックを通じて、私自身も改めて気付かされたことがあります。
それは、営業とは単に商品情報を届ける「配達人」ではないということです。配達人なら、ドローンやAIの方が正確で早いに決まっています。
これからの時代、私たち営業に求められるのは、溢れかえる情報の中からお客様にとって本当に必要なものを選び出し、自分の経験や視点というスパイスを加え、お客様が受け取りやすい形に料理して提供する「情報の編集者」としての役割です。
- マニュアル通りの「二次情報」ではなく、あなたの体験が乗った「一次情報」を語る。
- 「No.1」という看板ではなく、あなた自身の言葉で「価値」を翻訳する。
- 点と点を線で繋ぎ、お客様が納得できる「ストーリー」を構築する。
- そして、誰よりも深くお客様のことを考え、調べ尽くす「執念」を持つ。
これらは全て、効率化とは対極にある、泥臭く、手間のかかる作業かもしれません。 でも、だからこそ価値があるのです。
「美咲さん、あなただからお願いしたい」
そう言っていただける瞬間、私はいつも思います。「ああ、人間が営業する意味って、ここにあるんだな」と。
もしあなたが今、「自分には語れる一次情報なんてない」と思っているなら、まずは明日の商談相手のことを、あと5分だけ深く調べてみてください。Googleマップを開いて、お客様の会社の周りを「散歩」してみてください。 その小さな一歩が、あなただけの「一次情報」を生み出し、AIには決して真似できない、体温のある信頼関係を築くきっかけになるはずです。
あなたのその一手間が、お客様の未来を変える一言に繋がることを、私は信じています。

元営業ウーマン。現在28歳。
新人時代には数字に追われて悩み、営業を辞めたいと思った経験もあるが、学びを通じて成果を伸ばし、営業の面白さに気づいた。
今は「営業をもっと楽しく、長く続けられる仕事に」という想いから、読者に寄り添った記事を執筆。
本サイトでは、営業現場でのリアルな悩みや体験談を交えながら、共感型のコンテンツを発信している。
